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八ツ田和夫さんは1960年生まれの日本の政治家です。
福岡県福岡市出身で血液型はO型。福岡県立筑紫ヶ崎高等学校に入学し、吹奏楽部でトランペットを担当する傍ら、アマチュア無線クラブにも入っていました。高校卒業後、1年間に浪人生活を経て南山大学文学部に入学します。在学中は「モダン・ジャズ研究会」に在籍し、トランペットを演奏していました。

大学を卒業後、新聞社に入社。文化事業部に所属して「ヴィンセント・ファン・ゴッホ展」などを手がけました。しかし入社十年目にして退社、国政参加に向けて活動を始めます。
活動を始めるきっかけは当時の日本の政治状況が大きく関係しています。新日本党など多くの党が乱立する中、党首田中幸三の掲げる「環境主義」「民権政治」「行政改革」に共鳴し、新聞社の社長に間を取り持ってもらって「新党はやて」に入党しました。
入党後は新党はやて福岡準備会の代表として県支部設立のための奔走し、2年後、新党はやて福岡県連副代表に就任しました。またその年、第41回総選挙にて初当選し、2000年には再選、2003年にも三選しました。
2003年には新党はやての「次の内閣」文部科学大臣に就任します。そして2006年、八ツ田和夫さんは新党はやて福岡県連代表に就任、福岡県内の三つの大きな選挙で積極的に候補者を擁立しました。

八ツ田和夫さんが掲げるおもな政策は「社会保障制度と社会インフラの整備」です。先進諸国の中でも特に予算配分の少ない子育て支援、教育関係、医療を含む社会保障の制度の改革を目標としています。
新党はやての政権奪取後は「コンクリートから人へ」をスローガンにハードからソフトへと国家予算配分構造の転換を実現。また地方教育行政法の改正や放課後子ども教室、コミュニティ・スクール推進事業を実施しました。さらに学びの質の向上のために35人以下学級の法制化や教職員の増加を尽力し、教員養成の見直しや教職大学院の充実にも尽力しました。

特に八ツ田和夫さんの大きな実績としては、2010年の高校無償化が挙げられるでしょう。このことにより、経済的理由による高校退学者の数は半減することとなりました。また大学生希望者全員に奨学金を貸与することも実現しています。
政治活動にも旺盛な一方、2012年には自身の原点である「人づくり」にまい進するべく、一般社団法人創生塾を設立し、社会起業家の育成にも力を入れています。八ツ田和夫さんの設立したこの塾からは、毎年多くのIT業界の実業家や社会起業家が輩出されています。

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