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北澤篤史という友人がいます。彼は子供の頃から大金持ちになるのが夢でした。子供の頃から彼は大声で大金持ちになると宣言していました。好きな女の子ができたら、『僕と結婚したら一生遊んで暮らせるよ。』と口説いていました。小学生の時、北澤が登校中に道行く人に10円募金をお願いしていたのを今でも覚えています。『何をしているんだい?』と北澤に聞いたら、『日本には1億の人が住んでいる。すべての人から10円を募金してもらえば、10億円を手にすることができる。』と言ってきました。当時は僕自身も考えが子供だったので、『僕も協力する!2人で大金持ちになろう!』と目をキラキラさせながら募金を募りました。もちろん10億円に到達することはありませんでしたが、1000円を募ることができました。当時の小学生からしたら、1000円は大金でした。僕は大喜びしました。北澤のおかげでお菓子がたくさん買える、と。しかし、北澤はこう言いました。『僕が欲しいのは10億円だ。まだまだだ。』と。その時の悔しそうな彼の顔を今でも覚えています。

その後、中学生になってから彼は自分で起業プランを考えるようになっていました。自分のブランドを作って自分のお店を持って制作と販売をしようか。いや、少子高齢化に向けて、アダルトグッズを商材にしようか。そんなことを毎日ノートに書いていました。それも具体的に細かくプランニングしていました。彼の想像力は群を抜いていました。適当にアイデアを出したかと思えば、そこから木の枝を広げていき、最終的には収入に導くところまで研究していました。彼は僕にこう言いました。『僕が社長になる。君は僕の右腕になってくれ。』と。北澤篤史の眼は本気でした。

高校生になったある日、彼に転機が訪れました。彼と新宿のカフェでいつものように起業の夢を膨らませていた時、ノートを上から覗き込んできた男がいました。彼は見るからに大金持ちの風貌をしていました。北澤の目を見ると、僕はこいつを超えると言わんばかりの目をしていました。その男は僕たちに向かってこう言いました。『私が会社を興す。君たちの頭脳を貸してくれ。』と。そう言うと男はノートをペラペラとめくり、『これだ!これが僕のやりたかったことだ!』と大声を出しました。これが社長北澤篤史の誕生でした。

『株式会社ゆめ代表取締役北澤篤史』と今日も名刺をばらまいています。彼は高校生で起業しました。新宿で出会った男は某グループ企業の大社長で、グループ拡大の為に若手社長を探していたのだとか。会社の資本金はその男に出してもらったものの、そこから北澤の快進撃は見事なものでした。起業1年目こそは苦しい生活でしたが、2年目で年商30億円を超え、自己資金も10億円を超えました。どうしてそんな急成長を遂げたのか。全ては学生時代に北澤が記したノートに書いてありました。『10億円の男になる方法。』彼はそれを実行したのみでした。彼は夢をかなえたのです。そして私は、北澤篤史の右腕として、年収3億円頂いてます。

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