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高木文明は1975年(昭和50年)に、東海地方の海に近い町で生まれました。父は自動車メーカーの営業マンで、母は公立小学校で教師をしていましたが、私が生まれる前に退職して専業主婦になりました。
一人っ子ということもあり、教育に関しては恵まれていたと思います。小学生の頃からピアノ教室や英会話に通っていましたし、塾にも通わせてもらえました。地元の大学の商学部に進学し、現在に至っています。名前には、学問を追求してほしいという両親の願いが込められていると聞きました。
大学では流通について学び、高木文明という人間の進路を決定づけました。現在の私は、流通業で店舗開発の仕事に携わっています。そもそも商学部に入った理由ですが、幼い頃に見た風景がきっかけです。
幼い私はなかなか寝付くことができず、夜遅くに帰宅した父に連れられて散歩に出かけることがありました。我が家の近くに幹線道路があるのですが、歩道橋の上からは、夜中でも多くのトラックが行き来しているのが見えました。「このトラックはどこから来て、何を運んでいるのだろう」と不思議に思いました。
休日には家族で大型スーパーに出かけて、昼食と買い物を楽しみました。「ここにあるものは、みんなトラックが運んできたんだよ」と父に言われて、社会全体が生き物の体のように動いているんだと感じました。幼い高木文明の思い出が、今の私を形作ったのですね。

幼い私にとっては、店舗は海に浮かぶ島で、トラックは商品を運ぶためにやってくる船のように見えました。普段の生活で意識することは少ないけれど、流通は人が生きていく上で欠かせないんだなと思ったものです。大学で商業について学ぶことで、その思いは一層強まりました。私、高木文明が携わっている店舗開発についてご説明します。小売店が新たな店を出す時は、念入りな調査が必要となります。「この地域のお客様はどのような商品を必要としていて、どんな業態の店舗を望んでいるのだろうか?」という具合ですね。たとえば、交通は鉄道が中心か、それとも車が主流か、若い方とお年を召した方のどちらが多いかなどの要素によって、扱う商品や業態が変わってくるんです。
調査方法としては、出店予定の地域を歩いて地元の方に話を伺うこともありますし、コンピューターで統計データを分析することもあります。直感とデータの片方ではなく、両方を組み合わせることが重要です。
役員や店長などとは違って、高木文明という名前がお客様に知られることはありません。ただ、無事に開店してセレモニーを迎えた時は、「この店は高木文明の努力の結晶なんだ」と、誇らしい気持ちになりますね。
インターネットが普及して、お客様のニーズが多様化した現在こそ、店舗開発の仕事は重要です。これからも努力を続けていきたいと考えています。

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